マグカップ

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VICTORのマグカップで珈琲を飲むと美味しく感じる

このマグカップはやたらと重たい
いつも重たい思いをしながら珈琲を飲む

何だかおもしろいマグカップだなぁと手にする度に思う
愛嬌あるカタチとその重さにいつも何となく笑ってしまう
そんな感じで何となく笑いながら飲むから
珈琲も美味しく感じるのか
(いや まさかそんなはずは無い)

いったい誰がどんな想いから
この重たいマグカップを作ったというのだろう

...

昔アメリカのダイナーで
こうした分厚くて重たい食器が使われていたそうだけれど
どうしてこんなに重たい食器をわざわざ使う様になったのだろう

きっと何か理由はあるに違いないけれど
今のところ未だ僕にはその理由はまったく分りません

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梅雨入り

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梅雨に入った
朝からずっと雨だった

作業しながら雨の音を聴いてると
なんとなく落ち着く

今日は雨の音が心地良くて
いつも流してる音楽も消してた

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山の向こう側

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今から何年前になるだろう
高峰高原に家族で出掛けたときの一枚
温泉宿に一泊した翌朝
車で登って来たのと反対側に降りてみようと
坂道をぐんぐん下って行った先に広がっていた風景

高原の澄み切った空気と真夏の強い日差し

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いつか行った山の上からの風景

山と言ってもクルマで登れる山だ
クルマのアクセル踏んでハンドル操作しているといずれは着く山の上
膝を悪くしている僕にとって山はそれでいい
それで十分
山上の駐車場にクルマを停めて
その周辺を小一時間ほどぶらぶらしているだけでも
とても気分がいい

重たいリュック背負って山頂目指し一歩一歩歩いて行く本格登山は
膝を怪我して数年後に一度挑戦したトレッキングの結果諦めた

それから自分にとっての山とは何だろう?ということを
幾度も考えて来た

今は自転車で10分行った先にある"市民の森"だけでも
十分満たされるようになった
そこは僕にとってのちいさな山である
何も高みを目指すばかりが山ではないと思ってる


山的なるものへの憧憬はいつになっても何故か無くならない


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John Dugdaleの写真

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昔東京の表参道の裏通りの
建物の地階にあった写真専門のギャラリーで見た写真展が
何故か忘れられなくて
でもその写真家の名前がどうしても思い出せずにいたのだけど
昨日ひょんな切っ掛けから
その写真家の名前をようやく思い出すことが出来ました

その写真家はJohn Dugdaleという人物 (アメリカ 1960-)です
彼はニューヨークのアートスクールを卒業後
有名クライアントの元で様々な写真を撮って来てて
すでに成功を収めていたのですが
33歳のときに脳卒中とHIV関連疾患のCMV網膜炎により
右目をほぼ全視力、左目の視力を80%失ってしまったそうです

そこから彼は友人や家族をアシスタントにして
ファインアートとしての写真を撮り始めます
大型カメラを使い
アルビュメンプリント(鶏卵紙)、シアノタイププリント、プラチナプリントという
密着焼きの印画方法で写真作品を作り出しました

それらの写真の静謐な時間、空間に僕は強く惹かれていたみたいです
もう随分昔に見たはずの写真展だったのですが
何故か未だにそれらのイメージが頭から離れていませんでした

そんな自分はといえば135カメラと6x6カメラで未だに
ちょこまかとした写真ばかりを撮り続けています
何か中途半端さを感じてしまいます
かといって大型カメラで密着焼きだなんてそこまで大掛かりなことは
自分の性格上出来ないかも知れないなぁ…とも思ってしまうのです

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