切なる思い

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写真って何なんだろう?
自分にとって写真というものが最近よく分からなくなってる。
何故こんなに日々撮り続けているのか
いったい何のために写真を撮ってるのか。

写真を残す、とはそういえばそこにいったい
どんな思いや意味があるのだろう。

写真に迷うといつもページを開き見返す写真集が一冊ある。
森澤 勇 『軽井沢時代』

そこに載ってるのは、昔軽井沢に写真館を営んでいた
森澤さんが残した数々の人物写真、家族写真、動物写真、風景写真の数々。
そこには所謂「表現のための写真」など一枚も載ってない。

"今そこにある光景を残しておきたい"という様な
撮影者の切なる思いが静かに伝わって来る写真群。
その一冊に登場して来る写真たちのそれぞれに写されている
切なる光景の数々にシンプルに感動出来る。

自分は普段からそういう風に切なる思いで
シャッターを切ってるんだろうか?

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漠然とイメージ

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日常を撮るのに少し大きめなカメラを使いたいなと思う様になってから
既に何年間経ってるだろう?
一度6x4.5の折畳み蛇腹カメラにクローズアップレンズを付けて
距離なんてヤマ勘で夜机の上の静物を撮ってみたことがあったけど
あんなに面倒な撮影は流石にもうあれ以降はしていない。

その後何年かしてから6x4.5のマミヤ一眼レフをヤフオクで買ってはみたけど
それで静物を撮ろうとするとどうも綺麗に撮れ過ぎてしまって
未だ二、三度しか撮影したことがない。
初めから綺麗に撮れると分かっていると、それだけで撮影意欲が
無くなって来てしまう。

6x9とか9x12とか4x5とか…
カメラサイズにはいろいろとあって何を選ぶべきか未だによく分からないけれど
ebayで見た9x12 Plate Cameraというやつに漠然とだけど
関心を持つようになって来た。
何だか見た目が如何にも古いカメラっぽくてかっこいい。
それなら専用のロールフィルムホルダーを持っていれば
120フィルムも使えるし、シートフィルムもどうにかしたら使える気がする。
けど、だったら4x5の方が良いのか?
(よく解らない、漠然とイメージイメージ…。)

そんなイメージを頭に浮かべているばかりなので
結局また135の小さな一眼レフカメラのフィルムを買ってしまって
それで撮るばかりの生活が既に何年も続いてしまっている。

簡単に撮れるのでいいのだけどいつも何か物足りない。

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旅って

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発見の旅とは、新しい景色を探すことではない。
新しい目で見ることなのだ。

The real voyage of discovery consists not in seeking
new landscapes, but in having new eyes.

マルセル・プルースト(作家, フランス, 1871-1922)

......


「旅」ってそういえば何なんだろう?
風呂に浸かりながら、ふとそんなことを想ってた。
著名人の旅の名言が色々と載ってるサイトを見てみると
いろいろ面白い言葉が並んでた。
その中で、たまたまプルーストの言葉が
今の自分にとって、何故かしっくり来て面白く感じたので
載せてみることに。

人は、自分の人生しか歩けない。
それは当たり前のこと。
だけど自分以外の人の、或いは別の生き物の
或いは何でもいい他の自分以外のものの目線に
なってみることというのは、ちょっとした想像力があれば
或る程度までは可能なことかも知れない。

或いは、いつも自分の居る場所とは違った場所から世の中を見てみる。
それは流石にちょっとむずかしいことか…

普段暮らしてる環境をガラリ変えるくらいの何か大きな
出来事でも起きない限り、目はいつもと同じ位置からしか
世の中のことを見ることなど出来ないものなのかも知れない。

僕にとっては、2011年3月 東日本大震災のときと
つい数年前まで付き合ってた彼女との別れという二つには
そのくらい大きな"破壊力"があった。


プルーストの書いてることは、やっぱり結構むずかしい。

新しい目…

どういう風にすれば、新しい目なんて持てるだろう?
だんだん分からなくなって来た。


.....


こないだ自身が住んでいる神奈川県内の街に二晩泊まって
過去何度か行ってるちょっと知ってる街をニ、三、歩いて来た。
あれは旅だったのかそれともただの散歩だったのか。
3月にはお隣 山梨にクルマで行って来たけれど
あれも旅だったのか、それとも単なるドライブだったのか。

どちらもいつも見ることのない風景を見て来れたことは確か。
いつもと違う非日常も味わえた。
そういう意味では何となく旅っぽい。
が、自分がそこで新しい目になれてたか?と言えばそれは「NO」だと思う。

おそらく僕の場合、カメラを持って歩いてる以上
新しい目にはそう直ぐにはなれそうにないと思う。
カメラを持って"旅"してるつもりでも、それは旅ではなくて
単なる"自己確認"なのかもな、と。


......


『広辞苑』で "旅"を調べてみると、こんな風に書いてある。

 …住む土地を離れて、一時他の土地に行くこと。
 (古くは必ずしも遠い土地に行くことに限らず、
 住居を離れることを全て「たび」といった)


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雪国の旅

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はじめ東京から新幹線で行く予定でいた
けれど途中群馬辺りの車窓風景も楽しもうと思い
急きょ予定変更鈍行でのんびり行くことに

新前橋を過ぎて右手に赤城山を眺めながら進み
渋川沼田を越えて水上に近付いて来ると
線路脇の雪がだんだん増えてゆく
これからがいよいよ雪国旅…

川端康成「雪国」にある描写そのまま
トンネルを超えると一気に真っ白な銀世界
現代の上越界隈には高層リゾートマンションが林立乱立
それはちょっと不思議で異様な風景

六日町で乗換え ほくほく線で十日町に向かう予定も
駅ホームのすごい混み方を見て
再び予定を変え越後川口まで行ってしまうことに
川口は2004年、07年と二度あった中越地震でたいへんな被害のあった町
けど今はもう何でもなかったかの様に町は元に戻っている様子

2012年に来て以来 6年ぶりの飯山線
真っ白な雪を掻き分け列車はずんずんと走る
十日町で乗客のほとんどがドッと降り列車内は一変ローカルムード
僕はそのまま乗り続け津南まで行くことに

この日は雪もよく降り車窓風景もろくに見えないホワイトアウト状態
それでも時々見える家並み木々に向けシャッターを切る
おそらくろくに写真は撮れてないだろう(それでも満足)

久しぶりの雪国の風景を満喫する
 

古物好き

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骨董店でバイトを始めてからというもの
よくヤフオクやインスタで骨董品を見るようになった。
それは自分が始めた新しい仕事の勉強も勿論兼ねてのことなのだけれど
それ以外にも結局自分は骨董品を見ているのがどうやら好きな様だ。
骨董に全然関心がなかったら
まず関連の仕事になど就こうとはしなかっただろう。

李朝白磁、青磁花入、粉引茶碗、染付、蕎麦猪口、古唐津、古伊万里、合子、
鉄瓶、棗、香合、蓋置、茶杓......

何となく聞いたことあったり
書物雑誌で文字だけ見たことはあったけれど
詳しくは知らなかった言葉が一気に自分の中に入り込んで来た。
けれども何故だかそれらはぜんぜん嫌ではなく
寧ろもっと色々と知ってみたいという気持まで何処かにある。
我ながら面白いものだと思う。
もしかしたらこれは、自分にぴったりの仕事なのかも知れない…。

以前暮らしたアパートの近くに一軒の古道具屋があった。
そこはヨーロッパやアメリカの何処か武骨な雰囲気の
それでいて何か洒落た古道具ばかりが並べられている店だった。
以前よくその店に出掛けたものだったけれど
その店が閉じられてからは殆ど古道具屋には行かなくなってしまった。

自分の人生の中の何かが大きく変えられてしまったくらい
その店の主人の趣味は影響力大で
何故に店をもっと長く続けてくれなかったんだろう?と
未だに少し悔しい思いが残っていたりする。

いつか良い空間と素敵な古い木のテーブルと椅子が欲しい。
ヨゼフ・スデクのアトリエの様に、何処でレンズを向けても絵になる様な
そんな空間に暮らすのが夢なのだけれど
はたしてそんな夢が叶うものかどうか…。

自分の場合はあの雰囲気の中に和のものもさりげなく置いてみたいと思う。

......
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