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写真 ≒ 詩

141229ringo.jpg
kanagawa

写真は時を止める。
一瞬という時間を凍結させてしまう。
そこにはいったい何が写り込むんだろう?とこれまでいろいろと考えて来た。

そこに写り込むものは、「シャッターを押した者の向けたひとつの気持」
という一言でおそらく間違いはないはず。
そこに例え家族や恋人友人或いは自分自身が写っていても
美しい草花が写されていたとしても
海や山々や都会のビルや街中を歩く人々の姿であっても
事件事故や戦争の現場であっても
スポーツ選手の雄姿や芸術家の姿でも
船や飛行機やロケットや電車や車やバイク自転車でも
猫でも犬でも昆虫でも微生物でも雲でも雨でも雪でも
空気でも光でも…

すべての写真はそのシャッターを押した者が向けた「ひとつの気持」なのだと思う。


写真が止めた時間は、完全に静止している時間。
そんな時間というものは現実には存在しない。
時間というものは本来刻々と動き続けているもののはずだけれど
それを写真はぴたりと止めてしまう。

僕らはいつも動き続ける時間のなかで彷徨うようにしながら暮らしている。
例え怠けていても、寝ていても、じつは僕たちは動いている。
けして一時も止まることは出来ない。
その当たり前に動いている時間を、写真は見事に静止させてしまう。

そのことの意味とは、いったい何なんだろう?といつも思う。
何故わざわざ動いている時を止めたりするのだろう?
いつもカメラ片手に歩いているくせに、いつになっても答えは見つからない。

......

僕は写真はすべて"詩"のようなものであると思うようになった。

一枚一枚の写真は例えどんな種類の写真であってもすべて"≒詩"である…と。
そう思うようになってから、写真というものが何か
だんだん自分でも"腑に落ちる"ようになって来た。
自分自身も含め例えどんな人が撮った写真も皆
撮影者のひとつの気持の籠った"≒詩"だと思うようになって以降
写真がどんどんよく見えるようになって行った。


(但し、見えるというのと撮れるというのはまた別の話。)



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